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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)339号 判決 1996年3月22日

原告 小岸和澄 外一名

被告 北沢税務署長

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告小岸和澄の平成三年五月二五日相続開始に係る相続税についてした次の処分を取り消す。

(一) 平成五年一二月二七日付け更正のうち、課税価格三四四四万六〇〇〇円、納付すべき税額四四〇万一八〇〇円を超える部分

(二) 平成五年一二月二七日付け過少申告加算税賦課決定(ただし、平成七年一月二七日付け決定により減額された後のもの)

(三) 平成七年一月二七日付け過少申告加算税額の変更賦課決定(変更後の税額六二一万九〇〇〇円)

2  被告が原告小岸和明の平成三年五月二五日相続開始に係る相続税についてした次の処分を取り消す。

(一) 平成五年六月七日付け更正(ただし、平成五年九月二九日付け異議決定により一部取り消された後のもの)のうち、納付すべき税額一一九〇万一一〇〇円を超える部分

(二) 平成五年一二月二七日付け過少申告加算税額変更賦課決定

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  亡小岸三男(以下「亡三男」という。)は、平成三年五月二五日死亡し、その子である原告小岸和澄(以下「原告和澄」という。)及び原告小岸和明(以下「原告和明」という。)が亡三男の遺産を相続した(以下「本件相続」という。)。

2  本件相続に係る相続税(以下「本件相続税」という。)につき、原告和澄は別表一の順号一及び二記載のとおり、原告和明は、別表二の順号一及び二記載のとおり、確定申告及び修正申告をした。

右各申告は、いずれも、相続財産である東京都町田市つくし野二丁目一六番二宅地二一七・一二平方メートル(以下「本件宅地」という。)について、租税特別措置法(平成四年法律第一四号による改正前のもの。以下「法」という。)六九条の三第一項所定の小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例(以下「本件特例」という。)を適用し、本件相続税の課税価格を計算して行われた。

3  これに対し、被告は、本件宅地が法六九条の三第一項所定の居住の用に供されていた宅地(以下「居住用宅地」という。)に該当しないとして本件特例の適用を否認し、次のとおり、原告らに対して課税処分をした。

(一) 平成五年六月七日、原告和澄に対し、別表一の順号四記載のとおり本件相続税の更正及びこれに伴う過少申告加算税賦課決定をし、さらに同年一二月二七日、同表の順号八記載のとおり本件相続税の増額再更正及び過少申告加算税賦課決定をした(以下、当初の更正を「当初更正」、その後の増額再更正を「再更正」という。)。

右課税処分に対する原告和澄の不服申立手続の経緯は別表一に記載のとおりであり、被告は、平成七年一月二七日、当初更正に伴う過少申告加算税を同表の順号一一記載のとおり増額する旨の変更賦課決定をし、再更正に伴う過少申告加算税を同表の順号一二記載のとおり減額する旨の決定をした。

(二) 平成五年六月七日、原告和明に対し、別表二の順号四記載のとおりの本件相続税の更正及び過少申告加算税賦課決定をし、同表の順号六記載のとおり同年九月二九日付け異議決定により右更正に係る課税価格及び納付すべき税額の一部を取り消し、さらに同年一二月二七日、右過少申告加算税を同表の順号八記載のとおり増額する旨の変更賦課決定をした(以下、原告和澄に係る再更正及び原告和明に係る更正を一括して「本件各更正」という。)。

右課税処分に対する原告和明の不服申立手続の経緯は別表二に記載のとおりである。

4  しかしながら、本件各更正は、本件宅地につき本件特例の適用を否認し、その価額を過大に認定して計算された課税価格を前提とするもので違法であり、また、原告らに対する過少申告加算税賦課決定も右違法な本件各更正を前提とするものであって違法である。

よって、原告和澄は、前記再更正のうち修正申告に係る課税価格及び税額を超える部分並びに別表一の順号八(順号一二の決定により減額された後のもの)及び順号一一の過少申告加算税賦課決定の取消しを、原告和明は、前記更正(平成五年九月二九日付け異議決定により一部取り消された後のもの)のうち修正申告に係る税額を超える部分及び別表二の順号八の過少申告加算税賦課決定の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実は認め、同4は争う。

三  抗弁(課税処分の根拠)

1  相続財産の内訳

本件相続に係る相続財産は、別表三の順号1ないし7記載のとおりであり、本件相続により、原告和澄は、順号1の本件宅地、順号3の現金及び預金、順号5の前払金、順号6の電話加入権を取得し、原告和明は、順号2の有価証券、順号3の現金及び預金、順号4の家庭用財産、順号7の未収年金を取得した。

2  原告和澄に係る本件相続税の課税価格

(一) 本件宅地以外の相続財産の価額

原告和澄が本件相続によって取得した現金及び預金、前払金、電話加入権の価額は、別表三の順号3、5及び6に記載のとおり合計二四二五万一〇五三円である。

(二) 本件宅地の価額

(1) 亡三男は、平成三年四月二六日、東南建設株式会社から本件宅地を一億八九〇〇万円で買い受け、仲介手数料として二五七万五〇〇〇円を仲介業者に支払った。

(2) 本件宅地は、本件相続の開始前三年以内に亡三男によって取得されたものであるから、法六九条の四により、右取得価額一億九一五七万五〇〇〇円が本件相続税の課税価格に算入される本件宅地の価額となる。

(三) 債務等の額

原告和澄は、本件相続により別表三の順号9ないし12記載の債務を承継したほか、順号13の葬式費用を負担した。

(四) 課税価格

右(一)及び(二)の合計二億一五八二万六〇五三円から右(三)の金額を控除した一億六七二八万五〇〇〇円(国税通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満の端数を切捨て)が原告和澄に係る本件相続税の課税価格である。

3  原告和明に係る本件相続税の課税価格

原告和明が本件相続によって取得した有価証券、現金及び預金、家庭用財産、未収年金の価額は、別表三の順号2、3、4及び7記載のとおり合計九一八六万七三一八円であり、原告和明に係る本件相続税の課税価格は九一八六万七〇〇〇円(国税通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満の端数を切捨て)である。

4  本件相続税の額

右2及び3の課税価格に基づいて計算される原告らの納付すべき本件相続税の額は、別表四のとおり、原告和澄について四五九四万四七〇〇円、原告和明について二五二三万一二〇〇円(いずれも国税通則法一一九条一項により一〇〇円未満の端数を切捨て)である。

5  過少申告加算税額

原告らに賦課される過少申告加算税の額は、国税通則法六五条一項により、本件相続税の更正によって新たに納付すべきこととなった税額(原告和澄に係る当初更正につき四一四六万円、原告和澄に係る再更正につき七万円、原告和明に係る更正につき一三三三万円であり、いずれも、同法一一八条三項により一万円未満の端数を切り捨てた金額である。)に一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した額と、同法六五条二項により、右税額(期限内申告税額を超える部分に相当する税額である。)に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した額の合計額であるから、原告和澄に係る当初更正に伴うものが六二一万九〇〇〇円、同じく再更正に伴うものが一万〇五〇〇円、原告和明に係る更正に伴うものが一九九万九五〇〇円となる。

6  課税処分手続の適法

本件各更正に至る調査は、相続税法六〇条一項に定められた質問検査権に基づき適法に行われたものであり、本件各更正の手続に違法はない。

7  以上のとおりであって、本件各更正には課税価格及び納付すべき税額を過大に認定した違法はなく、その手続も適法であり、また、本件各更正を前提とする過少申告加算税の賦課決定も適法である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2のうち、(一)、(二)(1)及び(三)の事実は認めるが、(二)(2)及び(四)は争う。

3  同3の事実は認める。

4  同4ないし7は争う。

五  原告らの主張

1  本件宅地についての本件特例の適用

(一) 亡三男は、病気で入院中の平成三年四月二六日、その所有に係る東京都世田谷区大原二丁目一三〇六番二九外三筆の自宅敷地(以下「旧自宅敷地」という。)を売却したうえ、住宅建築用地として本件宅地を購入し、同年五月六日、住友林業株式会社(以下「住友林業」という。)に対し、申込金一〇万円を支払って建築工事の申込みを行い、同年五月二一日には仮契約金等として二〇六万円(印紙代二万円を含む。)を同社に支払った。

亡三男及び原告和澄は、平成三年五月二三日、住友林業との間において、本件宅地上に木造二階建の住宅(以下「本件建物」という。)を建築する工事請負契約を締結したが、亡三男は同月二五日死亡した。

住友林業は、平成三年八月一一日、本件建物の建築に着工し、原告和澄は、住友林業に対し、同年九月一〇日着工金として一〇〇〇万円を、平成四年二月一〇日完成金として三二二四万一三三二円をそれぞれ支払い、同月一三日本件建物の引渡しを受け、同月二七日妻子とともに本件建物に入居した。

(二) 亡三男は、旧自宅敷地上の老朽化した住宅を建て替えることにし、これを取り壊してアパートに仮住まいをしていたが、前立腺癌のため入院することとなり、その入院中に妻の亡小岸澄(以下「亡澄」という。)が死亡したことから、旧自宅敷地上の新居の建築を取り止め、東京都町田市で歯科医を開業していた二男の原告和澄一家と暮らすことを決意し、自己及び原告和澄一家が同居できる住宅を建築するつもりで、宅地造成済みの本件宅地を購入したものである。

(三) 右の事実経過に照らせば、本件宅地は、以下のとおり、居住用宅地に該当するというべきである。

本件特例は、急激な地価の上昇という社会的な背景に加え、相続宅地が居住用であってこれを容易に処分できず、殊に、相続人が引き続いてこれを居住用に使用し続けなければならない場合には、相続時の交換価値が顕在化することがありえないにもかかわらず、交換価値の金額を基礎として相続税の課税価格の計算がされると、相続人が担税力をはるかに超える苛酷な税負担を強いられるおそれがあることから、居住に必要な二〇〇平方メートルまでの宅地につき相続税の負担を軽減するために設けられたものである。

そうだとすれば、本件宅地のように、相続開始の直前において、未だ土地上に建物が建築されてはいないものの、既に被相続人が当該土地に居住用建物を建築するための工事請負契約を締結し、建築の準備行為が進んでおり、当該土地が居住用建物の敷地として使用されることが客観的に明らかである場合には、当該土地の交換価値が顕在化することはありえないのであるから、当該宅地について本件特例を適用すべきである。現に、居住用建物の建築中にその敷地の相続が開始された場合に本件特例の適用を認めるとする通達も存在するのであり、本件宅地について本件特例の適用を拒む理由は何もないというべきである。

2  本件各更正の手続的違法

本件相続税の調査は平成四年九月二五日から開始されたが、係官の調査は、納税額を増額させる思惑のもとに行われたもので、係官は、原告和澄に対し、亡三男から亡澄に対する多額の贈与があったのに贈与税の申告がされていなかったとして、「裁判になったら銀行員を証人として出廷させる」、「加算税の問題もある」、「支払えないなら差押えをする」などと極めて一方的かつ高圧的な態度で、その旨の修正申告をするよう強要していたところ、その後、原告らの調査の結果、そのような贈与の事実が不明であるとして贈与税の課税根拠が否定されると、係官は、右贈与税の件を撤回し、それに代替するものとして、本件特例の適用を排除して本件相続税の額を計算することとし、ひたすら被告独自の解釈を押しつけ、これに従って修正申告を行うことを執拗に強要し続けたものであって、このような税務職員の調査活動は社会通念上相当性を欠く違法なものであり、本件各更正は手続的に違法なものとして取り消されるべきである。

六  原告らの主張に対する認否

1  原告らの主張1(一)の事実は認め、(二)の事実は不知、(三)は争う。

居住用宅地かどうかの判定を相続開始直前の一時点だけで行うことは、本件特例の制度が設けられている趣旨に必ずしも合致したものとはいえないことから、平成元年五月八日付け直資二―二〇八「租税特別措置法(相続税法の特例のうち農地等に係る納税猶予の特例及び延納の特例関係以外)の取扱いについて」の六九の三―七の通達(以下「本件通達」という。)は、相続開始時において、居住用建物が建築中であって、当該建物を相続した者が相続税の申告書の提出期限までに当該建物を居住の用に供しているとき、あるいは当該建物の完成後速やかに居住の用に供することが確実であると認められるときは、その敷地を居住用宅地に当たるものとして取り扱うとしているが、本件宅地は、本件相続開始直前において亡三男の居宅の建築予定地であったにすぎず、このような居住用の敷地として物理的に使用されていない更地の場合にまで本件特例を適用することはできない。

2  同2は争う。

第三証拠<省略>

理由

第一課税処分の経緯等について

請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

第二本件各更正の適法性について

一  抗弁1、2(一)、(三)、3の各事実は当事者間に争いがない。

二  本件宅地の価額について

1  抗弁2(二)(1)の事実及び原告らの主張1(一)の事実は当事者間に争いがなく、この事実と、成立に争いのない乙第八、九号証、原告和澄本人尋問の結果により成立の真正(甲第六号証の三及び四については原本の存在を含む。)が認められる甲第六号証の一、三及び四、第八号証、第一三号証、弁論の全趣旨により成立の真正が認められる甲第二二号証、乙第六号証並びに原告和澄本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

(一) 亡三男は、旧自宅敷地上の老朽化した建物(歯科診療所兼居宅)の建替えを計画していたが、平成二年六月体調を崩して入院し、さらに同年一〇月には妻の亡澄に先立たれたことから、右計画を取り止め、原告和澄と話し合ったうえ、原告和澄が歯科医を開業している東京都町田市に住宅を新築して原告和澄一家と同居することとし、旧自宅敷地の売却及び町田市内の適当な宅地の購入を原告和澄に委ね、平成三年四月二六日、旧自宅敷地を売却するとともに、住宅建設用地として宅地造成が完了していた分譲住宅地である本件宅地を一億九一五七万五〇〇〇円(仲介手数料を含む。)で購入した。

なお、旧自宅敷地を売却した時点では、老朽化した亡三男の自宅は既に取り壊されており、旧自宅敷地は更地であった。

(二) 亡三男及び原告和澄は、平成三年五月二三日、住友林業との間において、本件建物の工事請負契約(代金四五九九万九八〇〇円)を締結したが、その時点では、既に建築申込金など二一四万円(ほかに印紙代二万円)が支払われていたものの、建築図面としては「瞳」という銘柄の住宅の標準仕様による一〇〇分の一の平面図や立面図が作成されているだけで、五〇分の一の図面は未だ作成されていなかった。右契約時点での予定では、建築確認申請を同年五月三〇日に行い、同年八月一五日に着工ということであったが、実際には、亡三男が同年五月二五日に死亡した後、同年七月一一日に本件建物の建築確認の申請がされ、同年八月七日に建築確認があり、同月一一日に本件建物の建築工事が着手された。したがって、本件宅地は、亡三男の死亡時において更地であり、その約二か月半後に建築工事が着工されるまで、具体的な利用はされていなかった。

(三) 原告和澄は、住友林業に対し、平成三年九月一〇日に着工金一〇〇〇万円、平成四年二月一〇日に完成金として三二二四万一三三二円を支払い、同月一三日本件建物の引渡しを受け、同月二七日妻子とともに本件建物に入居した。なお、本件相続税の申告期限は平成三年一一月二五日であった。

(四) 本件通達によれば、被相続人等の居住の用に供されると認められる建物の建築中に、相続が開始した場合において、当該建築中の建物を相続により取得した者が、当該相続に係る相続税の申告書の提出期限までに当該建物を居住の用に供しているときは、当該建物の敷地に供されていた宅地等は、居住用宅地に当たるものとして取り扱うものとし、また、相続税の申告書の提出期限までに当該建物を居住の用に供していない場合であっても、それが当該建物の規模等からみて建築に相当の期間を要するため建物が完成していないことによるものであるときは、当該建物の完成後速やかに居住の用に供されることが確実であると認められるときに限り、当該建物の敷地の用に供されていた宅地等は、居住用宅地に当たるものとして取り扱うものとされている。

2  本件特例は、個人が相続又は遺贈により取得した財産のうちに、相続開始の直前において、被相続人等の事業の用又は居住の用に供されていた宅地等がある場合には、そのうち二〇〇平方メートルまでの部分について、相続税の課税価格に算入すべき価額の計算上、一定の割合を減額するというものであるが、これは、事業又は居住の用に供されていた小規模な宅地等については、一般にそれが相続人等の生活基盤の維持のために欠くことのできないものであって、相続人において事業又は居住の用を廃してこれを処分することに相当の制約があるのが通常であることから、相続税の課税上特別の配慮を加えることとしたものということができる。

ところで、法六九条の三第一項が「居住の用に供されていた宅地等で…建物若しくは構築物の敷地の用に供されているもの」と規定していることからすれば、本件特例が適用される居住用宅地は、相続開始直前において、被相続人等が現に居住の用に供していた宅地を意味し、通常は、当該土地を敷地とする建物が現に存在しこれを居住用として使用している場合がこれに当たるといえるが、建物の建築にはある程度の期間が必要であり、居住用建物の建築途中で偶然に土地所有者につき相続が開始することもありうることを考えると、相続開始当時、未だ建物が完成していないとしても、その土地上で既に居住用建物の建築工事が行われており、居住用建物の敷地としての土地の使用が具体化ないし現実化しているとみることができるような場合についてまで、本件特例の適用を否定することは必ずしも当を得た解釈ということはできない。その意味で、相続開始時には建築途上にあった居住用建物の敷地を一定の条件のもとで居住用宅地として扱うものとした本件通達は、本件特例の解釈としてそれなりの合理性を有しているということができる。

しかしながら、建築中の居住用建物の敷地を居住用宅地として扱うのは、居住用建物が建築中であることにより、当該土地について、既に居住用建物の敷地としての使用が具体化ないし現実化しているとみることができることによるものというべきであるから、そのためには少なくとも相続開始時に当該土地上において現実に居住用建物の建築工事が着手され、当該土地が居住用建物の敷地として使用されることが外形的・客観的に明らかになっている状態にあるといえることが必要であると解すべきであり、相続開始時において、単に当該土地上に居住用建物を建築する計画があるとか、居住用建物の建築請負契約を締結しているというだけで、現実には未だその建築工事に着手していない場合には、その土地は単なる建築予定地でしかなく(居住用建物の敷地としての土地の使用が未だ具体化ないし現実化しているということができない。)、これを居住用宅地として扱うことはできないというべきである。

これに対し、原告らは、建築工事に着手していなくても、工事請負契約を締結し居住用建物の敷地として使用されることが客観的に明らかである場合には、当該土地の交換価値が顕在化することはありえないのであるから、そのような土地も居住用宅地に該当するというべきである旨主張するが、一般に、租税法規についてその規定の文言を離れてみだりに拡張解釈することは、租税法律主義の見地に照らし相当でなく、殊に本件特例のような例外的な措置として定められた規定の解釈は、租税負担の公平の観点からも厳格に行われるべきであるところ、相続開始時において、その土地上に居住用建物の建築計画があることや建築請負契約を締結しているだけで、未だ建物の建築工事すら着手されておらず更地のまま具体的に使用されていない土地についてまで、法六九条の三第一項にいう「居住の用に供されていた宅地等で…建物若しくは構築物の敷地の用に供されているもの」に当たると解することは、その規定の文言に照らし困難であるといわざるをえず、原告らの右主張は採用することができない。

3  これを本件についてみるに、前記に認定したところからすれば、本件相続開始の時点において、亡三男は、自己及び原告和澄の居住の用に供する本件建物を本件宅地上に建築するため、その請負契約を締結していたが、未だ本件建物の建築確認の申請も建築工事の着手もされておらず(本件建物の建築工事に着手したのは相続開始の日から二か月以上経過した後である。)、本件宅地は更地の状態にあったものであるから、本件宅地が居住用宅地に該当しないことは明らかである。

そして、本件宅地が本件相続の開始前三年以内に被相続人である亡三男によって取得されたものであることからすれば、本件相続税の課税価格に算入すべき本件宅地の価額は、法六九条の四により、本件宅地の取得価額である一億九一五七万五〇〇〇円となる。

三  原告和澄に係る本件相続税の課税価格について

原告和澄に係る本件相続税の課税価格は、本件宅地の取得価額である一億九一五七万五〇〇〇円に、いずれも当事者間に争いのない本件宅地以外の原告和澄の相続財産の価額二四二五万一〇五三円を加え、債務等の額四八五四万〇六六一円を控除した一億六七二八万五〇〇〇円(国税通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満の端数を切捨て)となるから、原告和澄に係る再更正は、課税価格を過大に認定したものではない。

四  本件相続税の額について

原告和澄に係る本件相続税の課税価格が一億六七二八万五〇〇〇円であることは右のとおりであり、原告和明に係る本件相続税の課税価格が九一八六万七〇〇〇円であることは当事者間に争いがないから、本件相続税の課税価格の合計額は二億五九一五万二〇〇〇円である。そうすると、原告らが納付すべき本件相続税の額は、別表四のとおり、原告和澄について四五九四万四七〇〇円、原告和明について二五二三万一二〇〇円(いずれも国税通則法一一九条一項により一〇〇円未満の端数を切捨て)となり、本件各更正は適法に算出された相続税を賦課する適法なものである。

五  本件各更正の手続的違法について

1  原告和澄本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、(一) 北沢税務署の係官は、平成四年九月から二度にわたって、亡三男の経歴、収入、資産関係などについて原告和澄から事情聴取し、これと並行して銀行口座などの調査も行い、同年一一月二四日ころ、北沢税務署を訪れた原告和澄に対し、亡三男から亡澄への贈与の事実があり贈与税の課税問題が存在するほか、本件土地については本件特例の適用がなく本件相続税の修正申告の必要がある旨を告げたこと、(二) 原告和澄は、係官の右説明に納得せず、三浦哲夫税理士及び中村重雄税理士を通じて、原告らの見解を係官に明らかにし、税務署側と対立していたこと、(三) その後、係官は、亡三男から亡澄への贈与の件については課税処分を行わないこととし、右税理士らに対し、本件特例の適用がないものとして本件相続税の修正申告をするよう促したこと、(四) しかし、原告らは、本件特例の適用に関して修正申告に応じる考えはなく、その姿勢は当初から全く変りがなかったことから、被告による本件相続税の更正が行われたことの各事実が認められる。

2  原告らは、本件各更正は亡澄の贈与税の課税根拠が否定されたために、それに代替するものとして行われた旨主張するが、右認定したとおり、北沢税務署の係官は調査の当初から原告和澄に対し亡澄の贈与税の件と同時に本件宅地については本件特例が適用されないことを指摘していたものであって、本件各更正が原告らの主張のような意図でされたものとは認められない。

また、原告らは、北沢税務署の係官が本件特例の適用について被告独自の解釈を押しつけ、これに従って修正申告を行うよう執拗に強要し続けたとして、本件各更正に手続的違法がある旨主張するが、本件宅地につき本件特例の適用が認められないとの税務署側の見解が誤りでないことは前示のとおりであるし、しかも、前記認定のとおり、原告らは、係官の勧告に応じることなく修正申告をしなかったのであるから、原告らの右主張の点は本件各更正を何ら違法ならしめる理由となるものではないというべきである。

その他、原告和澄本人尋問の結果によっても、本件各更正の調査過程において税務職員に社会通念上相当性を欠く違法な行為があったと認めることはできず、結局、本件各更正の手続的違法をいう原告らの主張は理由がない。

六  以上のとおりであって、本件各更正はいずれも適法であるということができる。

第三過少申告加算税賦課決定の適法性について

原告和澄に係る当初更正に伴う別表一の順号一一の過少申告加算税の変更賦課決定及び同原告に係る再更正に伴う同表の順号八の過少申告加算税の賦課決定(順号一二の変更賦課決定によりその額が減額された後のもの)並びに原告和明に係る更正(平成五年九月二九日付け異議決定により一部取り消された後のもの)に伴う別表二の順号八の過少申告加算税の変更賦課決定は、いずれも、それら更正によって新たに納付すべきこととなった税額を基礎として国税通則法に従って適法に算出された過少申告加算税を賦課するものと認められ、いずれも適法である。

第四結論

以上の次第で、原告らの本件請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤久夫 橋詰均 徳岡治)

別表一~四<省略>

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